SUMMARY
−ICは当たり前と思っている患者を相手に診療するという認識を持たねばならない。
−欧米流の診療マナーの最低限の知識を持って、それを実行しよう。
−医療文化の違いを念頭に置きつつ、相手の解釈モデルを早くつかむ。
−医療文化学習のために雑学に励もう。
−訴訟の可能性などに過度におびえる必要はなく、自分で出来うる範囲のICを積極的に進めよう。
対象:
日本人以外はすべて外国人になるわけであるから、外国人と言っても対象を少し絞り込まないと議論にならない。本稿での外国人は、欧米先進諸国の外国人あるいは、教育をそれらの国で受けた外国人とする。後者については、教育によって英語やフランス語などを喋れる外国人と解釈して頂いても良い。
外国人患者に接する時の基本的心構え:
先ず、日本人と外国人の医療に対する意識(望むもの)の違いを知ることが必要である。一般の日本人にとってはインフォームドコンセント(IC)はまだまだなじみの薄い概念であるが、外国人にとってはICはもうごく当たり前のことになっている。生活探検倶楽部KOBEが1999年に行なった、日本人、在日外国人、海外外国人計963人
に対象に行なった意識調査によると、“信頼できる医師がいる”ではそれぞれ日本人 27%、在日外国人43%、海外外国人87%だった。“命にかかわる治療法の決定を自分で行なう”では日本人は50%がイエスで、ノーが15%、どちらとも言えないが35%なのに対して、海外では約80%がイエスだった。(1)
またMcHUGHらによる、関西在住の45人のアメリカ人と81人の日本人の調査によると、身内の重病を伝えたいかという質問に対しイエスと答えた割合は日本人32%、アメリカ人80%であった。(2)
日本の常識は世界の非常識という言葉が、国際経済の分野で言われて久しいが、医療の分野でも少なくともIC関連ではその通りのようである。したがって、外国人患者を
前にして、日本的な常識で、相手の心を察してなどと気を回し、情報を控えることは 、かえって相手に不信感を与えてしまう。
診療マナーについて:
外国人が患者であるからといって、特別に構える必要はないが、欧米流の診療マナーの最低限は知っていたほうが良いように思える。何故なら、こちらに悪意はないのに相手に不快感を与えると、伝えられたIC(例えそれがいかに正確でも)にマイナスの影響を及ぼすからである。
患者が診察室に現れたら、先ずは笑顔で挨拶し医師の方から自己紹介する。これは欧米での一般のマナーの反映であろうが、欧米では医師の患者に対する態度は驚くほど礼儀正しく、同時にフレンドリーである。笑顔が苦手であれば作り笑いで十分である
が仏頂面は厳禁である。問診(インタビュー)中も常に患者を顧客と意識して相手の気持ちを考えながら会話を進める。この時の言語は、英語などの両者が共通に使える
言語があればそれでよいが、医師があまり外国語に慣れていない場合で、患者が日本語をある程度理解できるのなら平易でゆっくりした日本語で会話する方がよい場合も
ある。これは相手に尋ねて決めるのが一番よい。
診察を始めるときも、一つ一つの診察行為を説明しながら、例えば“今から心臓と肺の聴診をしますから、上半身だけを脱いで下さい。”といったように進める。大袈裟
に言えばこういう個々の説明もICである。もし、それらの説明を拒否された場合は、“規則ですから”とそのまま進めるのは避けた方がよい。その時の説明は、“私は本
当はこの診察法がいいと思うのですが、あなたが拒否されるのでしたら次善の方法でやりましょう。”といった言い方が無難である。
実際の症例:
1)26歳、イギリス人女性英語教師。急性の腰痛症で整形外科を受診したが、説明なしにレントゲン検査をされ、椎間板ヘルニアの疑いありと言われ、大量の内服剤を処方され、4万円の診療費を請求された。
当症例は筆者にセカンドオピニオンを求めて来院したのであるが、当院来院時には腰痛はかなり改善しており、診察上の異常もなかったので、椎間板ヘルニアの疑いはその時点でほとんど消えていた。その旨説明すると、患者は納得し、非常に気持ちがすっきりしたと言って帰宅した。整形外科でレントゲンの必要性の説明がなされ、椎間板ヘルニアについても断定的な言い方ではなく、可能性の一つであるという説明さえあれば問題なかったと思われる。診療費は若干高めだが、これは旅行障害保険から全額支払われるので本人は気にしていなかった。因みに当院では初診料のみの2700円であった。
2)大手家電メーカー勤務の30歳アメリカ人女性。職場の定期健診に胸部X線撮影が含まれているが、自分は必要はないと思うので、その旨を明記した診断書が欲しいと来院。
同種の訴えは日系企業で働く外国人に非常に多い。これは欧米では職場での定期健診そのものが制度として存在しないし、ましてや積極的な理由なしにレントゲン検査をするのに躊躇を示すのは外国人でなくても当然と言えば当然である。診断書は提出したが、大会社の官僚主義で、例外はなかなか認められなかった。しかし最終的には本人の希望通りになった。逆の例だが、ほんの10年ほど前までアジアからアメリカへの留学時に症状の有無に関らず結核のスクリーニング目的で胸部レントゲン写真が強制
されていた。もちろん日本人も含めてである。これは米国という大国のエゴイズムのようにも思える。
3)25歳フランス人男性。指の骨折を本日手術することになっているが、担当医の説明に納得がいかない。本当に手術が必要かどうかにつき他の医師のセカンドオピニオ
ンが欲しい。
当患者は筆者が診察中に電話をかけてきたのだが、手術予定日という差し迫った状況でこちらも忙しい時間帯で、ましてや外科は専門外ということなので、手術延期を勧めたに留めた。手術を要する問題では、このように最後まで迷って、タイムリミットぎりぎりに相談を求められることが珍しくない。外国人の場合、コミュニケーションの困難さや制度の違いから特に手術例では、ICが不完全な場合が多いように思える。
ICが不完全なまま手術になり、成功すればまだしも、失敗するとかなり面倒なことになることを担当医は心すべきである。
4)29歳アメリカ人女性。体重の激減と顔面浮腫があり、複数の医療機関を受診したが、どこでもストレスなどの心理的な原因と言われ、納得がいかない。精密検査をアメリカ人医師の指示で受けたい。
この症例には筆者は直接関っていない。関った医師の判断は恐らく医学的には正しい判断であるように思える。それでも患者が満足しないのは、患者の希望(解釈モデル
)がもともと肉体的な原因を探る検査をすることであったのであろう。こういう場合は検査が侵襲的なものでないかぎり、患者の希望通りにしてあげた方がよいのかも知
れない。
一般的には、欧米人患者は必要ない検査はしないのを好むようであるが、この例のようにそうでない患者もいる。したがって、解釈モデルをできるだけ早く的確につかむ
もとが納得のいくICを行なう必要条件である。
その他の補足コメント:
外国人診療に慣れていない日本人医師からよく相談を受けるのが、アメリカなどでは医療訴訟が多いが、日本人医師が慣れない診療をして訴訟を起こされる心配はないかということである。これは日本での診療ではあまり神経質になる必要はない。アメリカのほとんどの州ではグッドサマリタン(善きサマリア人)法という法があって、旅先などで善意から出た医療行為での過失は問われない。キリスト教国の外国人の心理では日本での診療はその延長線上にあるように思われる。それに、救急車を追い掛け回すような胡散臭い弁護士も日本には存在しないので善意が仇になることはまずないはずである。
同様に西洋人に慣れていない医師にとって、彼(彼女)らの診察中の質問が詰問口調 に聞こえることが多いようである。これも、習慣の問題で、疑問に思ったことを質問するのは、西洋人にとっては当たり前で、特に医師を責める意図はない。逆に医師の説明も、丁寧ではあっても、日本式に灰色にぼかさないで、はっきりめりはりの効いた説明をする方がよい。
慣れない外国人に対するICであるので、最初はどうしてもマニュアル式かつ機械的なものになってしまうのは避けられない。しかし、それではかえって相手の不安感をあ
おってしまう。適当にジョークも交えて、なごやかでスマートなICトークにしたいも のである。そのための王道はなく、場数を踏んで試行錯誤から学ぶしかない。(3)
最後に臨床医学は基礎医学と違い、国際的(international)ではなく国内的、地域的(national)なものであることを強調しておきたい。ICを得る際に重要な要素になる患者の解釈モデルは、その国の医療文化に大きく影響されている。(4)例えば、日
本人が熱を出した時に必ず聞く質問に“風呂に入ってもいいですか?”というのがあるが、西洋人はまずそういう質問はしない。医療文化はその国の習慣の一つであるから、なかなか系統的には学習しにくい。この学習にも王道はなく、古今東西の書物を読んで雑学を積むしか方法はないようである。
文献
1)マクヒュー芙美:日本人と外国人の医療に対する意識の違い、ふれあい、 30号: 17、2000年
2)McHUGH, C: Japanese and American Contrastive Values on Japanese
Health Care Issues,
摂大人文科学、7号、69-100、1999
3)http://www.carefriends.com/kido/
4)木戸友幸:心身症シュミレイションモデル、日本プライマリーケア学会誌、14巻 4号:534-535、1991
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