97)米国医学生の学生ローン
「グローバル人材の養成」で書いたように、アメリカの大学生の大半は授業料を自ら工面します。そのために何年か働いてその資金を貯めてから、大学に入学することが多いのです。と言っても、アメリカの私学(アメリカでは一般的には私学の方が公立大学より上とみなされています。)の授業料は年額数百万円というのは普通なので、数年間の労働だけでは資金調達は不可能で、ほとんどの学生は教育ローンを組まないといけないのです。これが、医学部となると、授業料がさらに高額になります。年額300万円〜800万円といったところでしょうか。アメリカの医学部は、4年制の大学を卒業してから入学し、さらに4年間学ぶことになります。すると、例えば年間授業料300万円の4年制大学の後に年間授業料500万円の医学校に4年間通うと、300×4+500×4=1200+2000=3200万円という額になります。それに生活費が加わるので、アメリカの医学生の金銭的負担は半端なものではないのです。現在、アメリカの4年制大学の卒業時の学生ローンの返済額は平均1000万円超なのです。医学生だとその倍の2000万円超です。
2019年12月11日の日経朝刊「Disruption断絶の先に 第9部 デジタル金融の激震」によると、アメリカの某スタートアップ企業が、多額の教育ローンを抱える卒業生の調査をより綿密に行い、その結果により金利を6%台から4%台に大幅に下げて貸し出したところ、多くの借り手が集まったのです。その調査項目の肝は、その大学卒業生の過去35年間の債務不履行の回数だったのです。おそらくこの目端の効く企業の次の対象は医学部卒業生だと想像します。もう始めている可能性が高いですが。アメリカでも医師になってから債務不履行になるケースは、カジノ狂いになるとか違法薬物を含めた病気になるとかがあるくらいです。まあ普通に医業を行なっていればそれくらいの負債は多分10年以内で返済可能です。しかし、やはり負債から早く抜け出したいと思うのは自然の道理です。ですから、この20年ほどでアメリカの医学生の卒後の専門科の選択理由はその科の年収の多寡であると言っても過言ではない状況になっています。具体的には、脳神経外科、整形外科、眼科、循環器内科、消化器内科などの年収の多い専門科に人気が集まり、家庭医療学科、一般内科、小児科、産婦人科などプライマリ・ケア(一般医療、現在の日本の総合診療科)を担う科は年収が低く人は集まりません。
ということで、やや過激な表現かも知れませんが、医学/医療に過大とも思える道徳律やプロフェッショナリズムを求めるアメリカ医学/医療界ですが、その入り口の専門科選択が「カネ」で決まってしまっているのです。
翻って、日本はどうでしょうか?現状の善悪は別にして、日本の医学生は、授業料は大半が親がかりです。ですから、卒業時にローンを抱えることは、ほとんどありません。また、卒業後の専門科によって年収が変わることも、ほとんどありません。日本の若手医師の大半は病院勤務のサラリーマン医師なので、同年齢であれば、専門科に拘わらず年収はほぼ横並びです。むしろ、途中で専門を離れ一般医として開業した方が収入が上がるくらいです。結果として、現役の医師全体を見てみると超専門医と一般医の割合は、少なくともアメリカと比較すると、かなりパランスが取れているのです。医療の全体的な質を比較すると、日本の方がアメリカより優れていると、以前WHOも認めました。しかし、医療費を惜しまなければ、超専門医療は、アメリカの方が日本より数段上であることも確かです。私も40年以上医師として日本、アメリカ、フランスで様々な形態の医療に関わってきて、国として理想の医療システムを作るというのは至難の技であると今さらながら思っています。
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