45)ダブルクロス
ダブルクロスとは、第二次大戦中にイギリスの諜報機関が、ドイツからのスパイを逆にイギリス側に寝返らせた二重スパイのことを言います。この存在は戦後明らかになった外交資料から証明されており、ノンフィクションだけでなく、フィクションの題材にもなっています。日本でも逢坂剛の第二次大戦時のスペインにおける日本の諜報活動を題材にした一連の小説群でも、このことを一部扱っています。
イギリス人ジャーナリスト、マッキンタイヤーがこの話題をノンフィクションで詳細に描いた著書のタイトルが「ダブルクロス」なのです。日本語訳の初版が出たのが2013年でした。このダブルクロスの流した嘘情報のためにドイツ軍が翻弄され、あの史上最大の作戦であるノルマンディー上陸作戦が大成功をおさめたのです。どういう情報をどう流したが、この本の本題なのですが、このDr.
木戸流異文化交流術の本題はそこではないのです。
この二重スパイ軍団のメンバーは、文化的背景はバラバラで、その個性たるやそれこそ半端ではない連中揃いなのです。セルビア人のプレイボーイあり、自分の飼い犬だけしか愛せないフランス人女性あり、二重スパイがドイツ側にパレかけたが、拷問にも屈しなかった虚弱体質のポーランド人ありといったところです。この二重スパイ達の文化的背景の描き方は、異文化研究の非常にとって素晴らしい教材です。また当時のイギリス人気質や、敵側のドイツ軍の体質もちゃんと資料にあたって書かれています。イギリスは、ドイツ空軍の連日のロンドン空襲やV2ロケット攻撃で、かなり追い込まれていたこともあり、理詰めで、起死回生のノルマンディー上陸作戦を計画したのです。この作戦の成功のために、いちかばちかのダブルクロス作戦が編み出されたのですが、こういう理屈ぽいことにはめっぽう強いのがイギリス人気質のようです。ドイツ側は、理屈よりも規則と過去の成功体験を重んじたようです。イギリス側が作成した精巧なドイツ語の偽公式文書はかなりの率でドイツ軍を騙せたようです。また、ドイツ軍が過去の体験から信じそうな情報を、複数の二重スパイから流すと容易に受け入れられたのです。
以前、ある医師向けのブログで、異文化理解には、各国の一般的な国民性を一応頭に入れておいた方がいいという意見を述べたことがあります。するとすぐ読者から反論があり、人と人との個人的な交流には、このようなステレオタイプな「国民性」などというものは百害あって一利なしというものでした。確かに、この反論にも一理はありますが、「ダブルクロス」という外交文書に裏付けされたノンフィクションにもあるように、国民性というのは、実際にゆるく存在するのです。私自身も世界の各地で暮らしたり、旅行したりして、そのことを身をもって体験しました。そうでなければ、文化人類学などという学問は成り立ちません。
ということで、今回一番言いたかったことは、歴史的事実に基づいたスパイものの書き物は、フィクションであれノンフィクションであれ、異文化交流のための良質な教材になるということです。
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