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160)「母国語の存在意義」

 2023年9月2日(土)の日経朝刊の付録の「NIKKEI プラス1」に「もう一度読みたいあの名雑誌」と銘打ち、長く人気だったのに、いつの間にか休刊になってしまった雑誌のランキングが載っていました。その中で私が一番注目したのは、ランキング4位のFOCUSでした。1981年から2001年まで新潮社から発刊された、日本で初の写真週刊誌です。その頃(1980?1983年)ニューヨークでレジデント(研修医)生活を送っていた私は、とにかく日本語に飢えていました。マンハッタンの紀伊國屋書店で買える日本語書籍の他には、当時の大日本製薬から日本人医学系留学生に送られてきた文藝春秋のみが、日本の近況を日本語で知る手段でした。当時、付き合いのあった日本人男性留学生のKさんの新婚の奥さんが、元JALのCAだったのです。ある時、その奥さんの元同僚CAがフライトでNYCに来ていてKさんの自宅に泊まるとのことで、私を夕食に招待してくれました。久々の日本からのお客さんと日本語の会話が進みました。その歓談の折に、東京からのフライトの機内貸し出し雑誌類を見せてくれたのです。その中で一番新鮮に感じたのが、このFOCUSでした。この写真週刊誌は、83年に私が帰国してからも躍進を続け、違法スレスレの写真取材(今で言うパパラッチ)を「フォーカスする」と言い習わすにまでに至ったのです。

 さてフォーカスについてはさておき、海外での一人暮らしで日本語に飢えてくると言う件に関しての検討です。私が学生時代から好きだった作家に加賀乙彦さんがいます。残念ながら彼は2023年1月に93歳で亡くなられました。加賀さんは、陸軍幼年学校で外国語にフランス語を専攻され、戦後、東大医学部に進まれ、その在学中もフランス語の勉強を続け、精神科医としフランスにフランス国費留学生として留学します。フランス語学習にかけては万全で、留学先でも、ことフランス語にかけては何の不自由もなかったそうです。留学中、精神医学(主に犯罪学)の診療や研究の合間に趣味で読む文学作品も全てフランス語のものだったそうです。渡仏後1年ほど経ってから、どうも気が塞ぐことが続くようになってきたのです。彼も自身が精神科医ですから、自らその原因を探ってみましたが、身近なフランス人との関係は良好で、仕事も順調です。少し思い当たることもあったのか、日本の知人に依頼し、何冊かの日本語の小説を送ってもらったそうです。その一冊を読み終えたときに、自然に鬱々とした気分は消えてしまいました。彼の分析によると、興味も持ちつつフランス語の小説を読んでいても、所詮フランス語は母国語ではなく、学んだ外国語です。そのストレスが知らず知らずのうちに蓄積しての症状だったのだろうというのが、その結論でした。

 というわけで、海外育ちのバイリンガルならばいざ知らず、日本語が母国語で、当該の外国語が学習して会得したものである場合、今回ご紹介した事象は何らかの役に立つと信じています。インターネットが発達した現在、世界のどこからでも日本語の情報を入手することが可能です。海外で日本人同士でつるんでいるのならいざ知らず、日本語の書物を時々読んだからといって、外国能力が低下するわけではないのです!

蛇足;と言っても、私自身はこの5年間、日本語の文庫本は通勤電車の中だけの原則を自ら課しています。
参考文献:「頭医者事始」講談社文庫 加賀乙彦著

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木戸友幸
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