150)ロシアより愛をこめて(From Russia with Love)
そうです。映画007シリーズ第2作目「007危機一髪」の英語の原題、あるいはイアン・フレミングの原作のタイトルです。しかし、今回の話題は、私が2024年1月に読んだ金平成紀氏のノンフィクションのタイトル(集英社文庫)です。金平氏は1991年から94年までTBSのモスクワ支局特派員として、モスクワに駐在し、ソ連、その崩壊後のロシアを中心に取材した敏腕ジャーナリストです。ベルリンの壁崩壊の直後にソ連崩壊という第二次大戦後の最大級の大事件が起こった時期に、彼はまさにその現場で取材を続けていたのです。本書は、400ページを超える長編ノンフィクションで、日記風の読者に宛てた手紙の体裁で書かれています。それだけに、具体的で分かりやすく、彼が目撃したこと、取材で得た情報など、歴史の一次資料になる情報が満載でした。
その中のいくつかの感想をお伝えします。ソ連崩壊後、ソ連時代から酷かった経済がますますガタガタになり、日常品の売り場はどこも長蛇の列ができ大変だったそうです。ところが、ドルしか使えない高級デパートや高級スーパーでは、品物も豊富で、見なりの良いロシア人でそこそこ賑わっていたのです。これらの金持ちロシア人は、ヌーボー・リッシュ(成金を意味するフランス語)あるいはオリガルヒと呼ばれ、共産主義国の民営化による美味しい話に狡猾に飛びついた人々なのです。95年から2年半、私が開業したパリ・アメリカン病院にもオリガルヒと思われる患者がしばしば入院していました。どうして分かるかって?もちろんロシア訛りの英語を喋る(ドストエフスキーの小説に出てくる貴族階級のロシア人のように彼らはフランス語は喋れません)ことや、ボディーガード風のお付きをつれていること、また支払いはキャッシュですることなどで一目瞭然です。やはり、ちょっと危ない連中で、豊富な資金も、足がついたら困るもののようでした。
1993年にロシアは、老朽化したソ連時代の原発の核廃棄物を日本海に投棄しました。日本政府の抗議に対しては、「日本も原発廃液を海洋投棄でしているだろう」と反論し、この不法投棄を続けたのです。核廃棄物の海洋投棄と廃液投棄はまったく危険度が異なります。原発廃液の海洋投棄は当時からどの国でもやっており、現在もそうです。時代が変わり、地震と津波で崩壊した福島原発の希釈廃液投棄は、中国が執拗に抗議をいまだに続けていますが、なぜかロシアはあまり抗議しなかったですね。この事件のことで、多少の後ろめたさがあるからなのでしょう。この事実も初めて知りました。
付録の形で、2022年暮れに金平氏が私費で行ったウクライナでの取材旅行も載っていました。その結論は、ロシアはソ連時代、崩壊直後のロシア時代、それにある程度国が安定してきたプーチン時代においても「大国ロシア」の亡霊に取り憑かれた国だということらしいです。
こう書いていくと、金平氏はロシアに対し、ネガティブな感情しか持っていないように思われるかも知れませんが、でもそれは違うようです。彼が4年間、仕事を共にしたロシア人社員、隣人のロシア人、取材で知り合ったロシア人など、愛すべきロシア人も山ほどいたそうです。そういうことも含めた「ロシアより愛をこめて」というタイトルだったのでしょうね。
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