116)鞄の中の私の異文化小宇宙
医師になってからいつも鞄に凝っていました。と言っても、ブランドものバッグに凝っていたわけではありません。その当時の流行のバッグで容量の多いバッグを選んでいたのです。研修医時代に仲間とハワイ旅行をした際に当時流行っていた大型の皮のアタッシェケースにTomoyuki Kido, MDと金色で印字してもらい買って帰りました。硬い皮の角型アタッシェケース(寅さんが持っているような)が流行遅れになってからは、布製や革製のやはり大型バッグを何度か買い換えました。そして開業を辞めて特養の院長と嘱託産業医を始めて数年経った2019年からは、リュック型の大型バッグを使っています。リュックは両手が空いて身体のバランスが取りやすく、安全かつ楽なので気に入っています。
ひょっとしたら、その理由はもう思い付かれたかも知れませんが、できるだけ多くの今読みかけの医学以外の書籍や仕事に必要な資料書類を鞄に入れ、いつどこででも調べたり、好きな書物を読んだりしたいというのが、大型のものにする目的です。
2021年末現在、私の愛用鞄(リュック)に入っているのは、洋書のペーパーバックが2冊、日本語の文庫本1冊、電子辞書2台、特養と嘱託産業医関係の関係資料、書きかけの依頼原稿、それに海外航空会社のクルー往診キット(いつ携帯に連絡が入るか分からないので)などで、総量5キロです。
何冊もの本をいつどこで読むのと思われるかも知れません。それは通勤の電車内と、週1日半を当てている産業医の訪問会社間を移動する空き時間です。これが平均で日に2時間はあるので、電車で主によむ日本語の文庫本は数日から1週間で読了します。2021年夏に読んでいた洋書は、CamusのLa Pesteと科学史の教授であるMatthew Stanley著のEinstein’s Warです。 La Pesteはコロナ禍の日本で日本語訳のペストがベストセラーになっていますが、原著はノーベル文学賞作家が書いたという思い込みもありますが、かなり難解です。2021年2月から読み始め、10月にやっと読了しました。フランス語の本(特にCamus)は1ページで20回くらい電子辞書で調べないといけないということで、読書にかなりのエネルギーと時間がかかります。ですから、30分以上の空き時間がある時に読むと決めています。というわけでLa Pesteは読了までに9ヶ月かかったのです。 Einsteinは英語なので、フランス語の3倍くらいのスピードで読めます。これは主に週4回勤務の特養の出勤前に最寄駅のファミマのイートインで15分ほどかけて読んでいます。もちろん私が相対性理論を理解できる訳ではないのですが、本著は彼が第一次対戦中に彼の奇想天外な理論をいかに世界に知らしめたかが主題で、物理学に疎い私にも興味深く読めています。
電子辞書2台と書きました。一つはフランス語(仏和、和仏、英仏、仏英)が入ったもの、もう一つは英和、和英に加え医学辞書と「今日の治療薬」という処方箋薬情報が入ったものです。薬情報は航空会社の外国人クルーの往診時に薬の横文字一般名の確認に必要なのです。
月に一度くらい、産業医訪問に当てている日に半日の空き時間ができることがあります。こんな日は愛用のマックブックをリュックの荷物に加えます。WIFI完備の喫茶店に入れば、そこは異文化図書館に変身します。こうしてフランス語か英語の本を電子辞書とインターネット情報で読み解きながら過ごし、それに飽きれば、マックブックで原稿執筆の続きを書くという数時間は、それこそ私にとって至福の世界です。
ところで、いろんな場所で、私の重いリュックに何が入っているのか、あるいはどうして医師なのにそんなに重い荷物が必要なのかと尋ねられることがしばしばあります。たまには真面目に答えるのですが、大抵の場合は面倒臭いので「トレーニングのために5キロのダンベルを入れているんです」と答え、笑いもとっています。
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