Dr.Kido History Home
E-mail

国際医療協力

ボタン Dr. 木戸流「異文化コミュニケーション」 ボタン

103)特養の掃除のおじさんから思い及んだ異文化的考察

 2018年の初夏の話です。週4日勤務している特養の朝の回診をしている時に、ちょうど掃除のおじさんが廊下を掃除していました。私が「おはよう」と挨拶すると、おじさんは挨拶を返し、仕事の手を止めて私と看護師に道を空けてくれました。これは、日本の病院や介護施設での普通の光景だと思います。この時突然、私の頭に30年前のブルックリンの病院での朝の回診の風景が蘇りました。アメリカの研修病院では、毎朝、研修医のみでの早朝回診の後に指導医との回診があります。この指導医時間帯には、院内の清掃業務も始まっています。医師団と掃除のおじさんが鉢合わせすると、おじさんは何と「邪魔だから横に避けてくれ。」と平然と我々に命令するのです。すると指導医は「オーケー、みんな横に避けて。」と、これまた当たり前に答えるのです。きょとんとしている外国人の私に、隣の研修医の同僚が「アメリカでは、医者より掃除のおっさんの方が偉いんだよ。」とニヤッと笑いながら解説してくれました。でも、普通に考えると、収入では医師が掃除のおじさんの10倍以上稼いでいるし、社会的な地位も高いです。しかし、日常の場面では、両者が同格で自らの意見を伝え、そのことで世間的に地位が低いと思われている側が損害を被ることはありません。(まあ例外はどこの世界でもありますが・・・)

 アメリカでの生活から10数年たった40代でパリの病院の外来部門で開業することになりました。ここでも、建物の清掃業務はあったのですが、我々医師が診療を始めるのは午前9時で廊下の清掃などは午前7時から、診察室の清掃は8時から始まるので、そもそも医師と清掃人は顔を合わせることがないのです。ある時、用事があり午前7時前に病院に到着したことがありました。廊下でも診察室でも清掃に当たっていたのは、アラブ系の女性たちでした。パリ17区のアパートを出た直後の早朝の街の歩道の清掃に当たっていたのは、ほとんどがアフリカ系の黒人でした。ですから、パリでは職種と人種がある程度一致しており、その仕事の時間帯もあまりかち合わないようになっているのです。アメリカでは、こういう工夫?はないので、前述の回診時のようなことが起こるのです。表面上はアフリカ系アメリカ人(黒人)も白人も平等と見なされているニューヨークなどの大都市では、彼らは堂々と自分の主張をするのです。この米仏の元移民子孫の労働形態や権利主張の差は、アフリカからの移民の歴史の差だと思います。フランスより一世紀先に移民の始まったアメリカでは、アフリカ系アメリカ人の法的な地位や経済的な背景が、ある程度安定しているのに比べ、フランスの北アフリカからのアラブ系、サハラ以南からの黒人移民の特に経済的な地位は依然、社会の最下層にあります。

 振り返って我が国、日本を観ると、人口減少から労働力を補充するために本格的な移民政策が現実味を持って語られています。この時、起こりうる様々な問題を事前に予測し予防するために、アメリカ、フランスなどの移民先進国の歴史を綿密に研究する必要があるのではないでしょうか。

| BACK |

Top


木戸友幸
mail:kidot@momo.so-net.ne.jp