ブルックリン便り(7) 
CCU
CCUとは普通Coronary Care Unitか、あるいは Critical Care Unitの略である。私が 一カ月間ローテイトした大学病院のCCUは、どちらかというと、後者の方に近いCCUであった。というのは、ここの大学病院には内科系のICU
( Intensive Care Unit ) がないので、狭心症、心筋梗塞以外でも、原因がなんであれ、呼吸不全に陥ってレス
ピレーターを必要とするような患者がCCUに転棟してくるからである。
濃密な治療体制
CCUにはあベッドは七つしかない。この七人の患者を主治医として診ていくのは二人のレジデントである。毎朝の回診は、CCUデイレクターの
Cardiologist、Cardiolog y Fellow 、そして二人のレジデントによって行われる。Cardiology
Fellowというの は、内科のレジデントを終えた後、 SubspecialityとしてCardiologyを専攻してい る医者のことである。患者にペースメーカーやスワンガンツカテーテルの挿入が必要になった時は
Fellowを呼び出せばよい。この大学病院は Private Hospitalなので、各々の患者は Private Physician
を持っている。普通、少なくとも日に一度は彼ら も回診をするので、CCU患者の治療は非常に濃密なものである。また看護体制もそれ
に劣らず完備している。三交代制のどのシフトにも、少なくとも七人の看護婦が付く 。即ち、一対一の看護体制である。ナースの中の一人は必ずナーステーションに集め
られた各患者の心電図モニターを監視していなけえればならない。
彼女らはCCUナースとして特別に訓練されているので、不整脈についての知識も詳しく、危険な不整脈が出現した時はレジデントに連絡する。そしてその判断は、私が呼ばれた時に限っていえば、ほとんど誤っていなかったようだ。
さて、 CCUには一年目レジデント=インターンは配置されていないので、二年目レジデントといえども、三日に一度の当直をしなければならない。しかし病棟のときとは
異なり、満床でもーいつでもそうであるがー七人しか患者はいないので、仕事の量はしれている。それに、うれしいことには、ここでは採血はナースがすべてやってくれ
るののだ。日本では当然のように思われていることだが、人手不足のニューヨークでは、採血はたいていインターンの仕事なのだ。 CCU勤務最初の日に、昼食をカファテ
リアに食べに行こうとしたら、ナースからドクター用の昼食があるからここで食べるように言われた。それはそれはと、この時は喜んだのだが、よく考えてみると、食事の時間までレジデントをCCUに縛り付けておく手段であることがわかり、相棒のレジデントと顔を見合わせて、やれやれと目で言い交わしたものだった。
ギリシャの哲人、アッペに倒れる
ローテーションが始まって三日目くらいの当直のときに、慢性腎不全患者の入院があった。42歳のギリシャ人で、4〜5年の間、週2回の透析を受けているのだが、前日から嘔気、嘔吐があり、その日の朝、腎臓外来を受診したときのカリウムが7mEq/
lを越え、心電図がサインカーブのようになっているというのだ。高カリウム血症は 、グルコース+インスリンと、カルシウム塩で改善し、心電図も正常に戻った。その日の午後に透析も受けて、これで一段落と思いきや、患者は浮かぬ顔をして全身が痛いと訴える。実は彼はギリシャからの移民で英語はほんの片言しかしゃべれないのだ。その日は何も気にとめることなく、それ以上の処置はとられなかった。
翌日になると、ギリシャの哲人然とした件の患者は、身体の右側を指して、pain, pa inと訴える。こちらから何回もたずねると、身体の右側が頭から足の先まで痛いと言う。妙な訴えだと思いつつ診察してみると、右下腹部にやや強い圧痛がある。何しろこの患者はどこを押さえてもpainと答えるのだ。その日の白血球数が9,
000。まあ念 のためにと思って外科を呼んだら、外科も首をかしげながら、まあ開けてみましょうということで、開腹してみるとこれが虫垂炎であった。
CCUのような最新の設備の整った場所で、しかも当面の問題が解決された患者にややもすれば、ありふれた疾患は見逃され易い。これはそのいい例だと思うが、その時よく外科を呼んでおいたものだと、胸をなでおろしている次第である。
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