ブルックリンこぼれ話(20)
トムとジェリーとユダヤ人気質
ブルックリン便り(番外編)で、マンハッタンの自宅アパートの近くで交通事故にあって入院したときの体験談を書きました。これはその時のこぼれ話です。
外科集中治療室から一般病棟に移った時のことです。この病室は二人部屋だったのです。僕のお隣さんは、ユダヤ系のおじいさんで、呼吸器系の病気で入院していました。
どうも一人暮らしの人らしく、家政婦さんを雇っていて、彼女は病室にもしょっちゅう来ていました。この家政婦の女性、かなりのおしゃべり好きで、僕の方にもいろいろしゃべりかけてくるんです。
初対面の時に、名前を訊かれ、トモユキはちょっと発音が難しかろうと思い、トムと答えました。すると、向こうがジェリーと答えました。
トムとジェリー、そう、あの猫とネズミのドタバタ漫画のコンビの名前です。それだ けで、二人で大笑いしてしまいました。それから、二人でけっこうバカ話をするよう
になりました。
隣人の患者のおじいさんは、たいていは二人の会話を聞いているだけなのですが、あるとき、ボソッと僕に言いました。「トム、君は自分自身が医師なのに、こんな二人部屋で特別な待遇も受けず、普通に扱われている。それでも君は不満に思わないのか?」
正直言って、僕は個室にいるより、この二人部屋でジェリーとバカ話をしている方が退屈しのぎになるし、入院自体がろっ骨骨折が治るまでの日にち薬みたいなもので、
特別な治療など必要なかったのです。だからその通りに答えました。
すると彼は言い ました。「そう思ってるならいいんだよ。日本人というのは、非常につつましい考え方をするんだね。我々ユダヤ人は、これまで生きてきた歴史の教訓から、自分たちの権利に関してついつい意識過剰気味になるんだよ。少しでも譲歩をすれば、生死に関
わるような時代を生きてきたし、今も生きているからねえ。」
これはなかなか重い言葉でした。さすがのトムとジェリーもその後の半時間ばかりは バカ話を慎んでいました。
| BACK
|