家庭医木戸の現場報告(15)
(JECCS News Letter 2021年4月号掲載)
コロナ禍のフランス介護施設での対応
2020年10月のニュース・レターで、2020年の春頃には欧米の高齢者施設でコロナのクラスターが爆発的に増加して、とんでもない数の死者が発生したということをお伝えしました。その後もこの事態のフォローをしていたのですが、これはと言った情報は二ヶ月間、得られませんでした。
そうこうしているうちに、ZOOMを使ったコロナ感染に関する日仏会議が2020年末と2021年新年の2回にわたり行われました。この会議は私が20年前のパリ時代から懇意にしているパリ在住の日本人で、医療通訳兼ジャーナリストが自ら主催したもので、その主催者からぜひ参加して欲しいと連絡してくれたものだったのです。もちろん、2回ともその会議に出席しました。年末の会議のフランス側の話題提供者はパリ大学教授の男性内科医でした。その教授に2020年春の高齢者施設でのクラスター発生は今でも続いているのかどうかを質問しました。すると教授は、クラスターは今はかなり落ち着いていると答えました。その理由は、こちらが予想もしていないものでした。それは施設でコロナ感染を起こして病院を受診しても、施設にトンボ帰りさせられ、そこでクラスターを起こし大勢が亡くなったことをフランス国民は皆、口コミや報道で知っていたのです。そのため、多くの家族が高齢の親族を家庭に引き取ったのです。その結果、施設がガラ空きになり、感染者を隔離する余裕ができ、クラスターは激減したのだそうです。何だかなあという話ですね。
年始の会議でのフランス側話題提供者は、日本の特養と同等の高齢者施設の女性管理医師でした。彼女も施設でのクラスター発生については、全くその通りと同意した上で、その際にどういう対応で乗り切ったかを話してくれました。高齢者施設では、コロナ感染者に対しての介護は、現在の職員数では無理だということを地方自治体経由で政府にまで伝えたのです。それに対する政府からの回答は、全国の医学生および看護学生に呼びかけをし、フランス全国に彼(彼女)らを派遣するというものでした。すると、多数の若いフランス人学生たちが、政府の要請に応じ全国の施設で入居者介護を支援したということです。政府からの各施設への文書では、若い人は感染しても重症化する可能性が低いからと明確に書かれていたそうです。しかし、あれだけ権利意識の強いフランス人の若者が、それも彼(彼女)らがいつも反発している政府からの要請でよく応援に来てくれたなあというのが私の感想です。フランス政府も若者もやるときはやるのだなあと、ちょっと感動してしまいました。もう一つ興味深い情報をフランス人管理医師は教えてくれました。コロナ感染が明らかになった高齢入居者に関しては、医療ではなくて緩和ケアに徹したのです。これも、政府が文書で勧告してきたそうなのです。もちろん家族の了解をとってのことなのですが、それを拒否する家族はほとんどいなかったそうです。
この会議で知り得たことで、私は少し考え込んでしまいました。もし、日本で2020年春のフランスの状況が到来したと仮定して、政府が同様の対応をとり、医療系の学生の応援や、高齢入居者に対して緩和ケアに徹するように勧告した場合、医学生や看護学生が同意してくれるか、また入居者家族が緩和ケアのみの措置に応じてくれるかということです。それより前に政府がそのような決断を、それも証拠の残る文書で全国の施設に伝えることは、私自身が物心ついてから、日本の様々な危機時にわが政府がとった行動から判断して、想像できませんでした。今の日本では、恐らく議論はするでしょうが、実行は無理だろうと思います。戦後70年間余りの平和ボケで、政府を含めた日本人全体が、リスクをとる決断はすべて避けて当然という意識に強く染まってしまっているように思えるのです。確かに、日本も今回の新型コロナ感染では、様々な面で大きな被害が出たことは確かです。しかし、真の原因は未だ確定はできていませんが、欧米、中南米、アフリカ諸国に比較すると著しく小さな被害で済んでいることも事実です。ですから、コロナ禍が一段落した時点で日本がやるべきことは、幸運の原因の究明もさることながら、フランスのような大被害が出た国のとったリスクもある行動の詳細なケース・スタディだと思います。