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医学教育  


家庭医木戸の現場報告(13)
(JECCS News Letter 2020年5月号掲載)
健康診断:産業医の役目


 産業医の仕事の一つに健診結果の説明と、その指導があります。日本では、ある程度以上の規模の企業では、年に1~2度の採血、胸部レントゲン、心電図などの検査が含まれた健康診断が行われています。この企業健診は戦後この方何十年も当たり前のように行われてきて、実施が法律で定められていることもあり、皆が当たり前のように受けています。その実施の理由も、「どんな病気も症状がないうちに、定期的に検査していれば、早く見つかって予防や治療につながる。」といったようなまことしやかなもので、ほとんど(医師、看護師なども含め)の人がその効果を信じています。しかし、定期的に行う健康(と思われる)人が行う種々の医学的検査の効用については、世界の先進国の間では、随分以前から研究がなされており、この結果の大多数は検査の費用を含め、それを正当化する理由はないと出ています。書き出しから、ぶち壊し的な内容ですが、健康には人一倍関心が高く、かつ賢明な我がJECCS会員の方々には、世界的な常識を知ってもらった上で、日本での状況とこの健診について自らの損得勘定をして欲しいと思って、本稿を書いています。

 数値で結果が出る血液検査や所見が専門医によって記されるレントゲン検査や心電図は、結果表を読むだけで指導事項まで含め、一目瞭然です。結果を読むだけで健診をすませてしまうと確かに受診者にとっては、手間もあまりかからず一見便利なようです。
 ひどい貧血が急に出現したとか、便潜血が陽性に出た、あるいは尿糖が出現したとなると、医療機関受診が指示として記載されることもあり、その結果を無視する人は稀です。しかし、圧倒的に多いのは、血圧が少し上ってきたとか、中性脂肪と悪玉コレステロールが少し上昇したけれど無症状といった所見が一番多いのです。その診断は大半が生活習慣病と言われる疾患あるいはその前段階なのです。
 これらの問題は、なかなか本人だけでは認識しづらく、すぐ薬というより生活習慣を変える行動変容が必要なのです。産業医の役割はまさにそこにあるのです。我々はまず全員の検査結果に目を通し、正常範囲からのはみ出しが大きい人や、これまでの結果の変化を観察して面談者を選び出します。
 面談では、先ず結果を簡単に説明した後、最近の仕事面や私生活での変化や気づいたことを語ってもらいます。数分話を聴けば、幾つかの情報が得られます。得られた情報を元にして、今度はもう少し踏み込んだ情報、例えば食生活、運動、睡眠などについての情報を求めるのです。そして、それらの情報に基づいて面談者にとってのテーラーメイドな指導をします。最近あった面談例を紹介します。

 30代後半の男性で、3年前から体重増加と中性脂肪の著明な増加を指摘されています。会社の衛生安全担当の職員から医療機関受診を指示され現在通院しているとのことでした。4年以上前の記録では、これらはほぼ正常だったのです。ですから3年前に何らかのきっかけがあった可能性が高いということが想像できます。するとやはり、ありました!3年前に結婚されたのです。奥さんが料理上手で、それまでの一人暮らしの時から比較すると、彼にとっては天国のような夕食が毎夜待っていたのです。そう、幸せ太りだったのです。彼自身もそれには気づいていたのですが、奥さんに直接言うのは気が引け、1年間ダラダラこの状態を引きずり、通い始めた医院の医師からも半年前に結婚による食生活の変化を指摘され、やっと奥さんに事情を打ち明けたところ、彼女は快くそれに応じ、夕食の量と質をしっかり改善してくれたそうです。私が渡された資料には、前年の秋の結果のまだ悪い結果しか出ていませんでした。しかし、彼がスマホに記録していた本年度の医院での最新結果には、かなり改善された数値が出ていました。ここで、私がこの3年間で起こったことの因果関係の総合的な説明と、奥さんに告白以後の生活習慣は十分持続可能であるということの保証をしてあげる事で、一件落着をみました。

 今回お話しした企業の健診、あるいは定年後も受けられる特定健診などの健診は、このように生活習慣改善により、寿命、特に健康寿命を伸ばす効果はあります。ここでまた、多くの人が誤解していることがあります。健康寿命を伸ばせば、国としての医療費が減るのかということです。これは世界中の医療経済学者が実証していますが、それは逆で、どんなやり方であっても国民の寿命が伸びれば医療費は増加します。政治家は、知ってか知らずか、健診をすれば医療費削減につながると宣伝しているようですが、それは嘘です。しかし、個人の医療費については、健診の効果により生活習慣病を克服すれば下がる可能性もありますし、高齢になった時の生活の質は明らかに高くなります。ですから、冒頭に健診について自らの損得勘定をしてくださいと書いたのです。

 産業医活動を始めてから、資本主義社会と医療の関係とか、国としての医療費問題とか、これまで個人の医療についてのみを対象にしていたのとは異なった、医師としてより大きい規模での思考法に興味を感じるようになってきています。


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木戸友幸
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