家庭医木戸の現場報告(12)
(JECCS News Letter 2019年11月号掲載)
家庭医/産業医、相性ぴったり!
皆さん、産業医という言葉を聞いたことがありますか? 聞いたことがある人でも、産業医がどういう医師で、どういうことをしているかということまではご存知ないと思います。
今回は、この産業医をテーマにしてみます。
2016年に20年間続けた開業家庭医を辞めざるを得なくなることは、その1年前の2015年にはほぼ確実になっていました。2015年の時点では、辞めてからの働き口は未だ決まっていませんでした。そのため産業医もその候補の一つとして考えていたのです。産業医になるためには、その資格を獲得するために、研修を受けないといけないのです。そのため開業の最後の夏休みの1週間を、東京御茶ノ水にある東京医科歯科大学での産業医講習会に当てました。歩いていける範囲にある湯島のウィークリーマンションを借りて、そこから毎朝通いました。この講習会を経験した複数の医師から聞いたところによると、早朝から夕方までの1週間のかなりきつい試練という意見が多かったです。しかし始めてみると、40年ぶりで学生に戻ったようで、負け惜しみではなくて、1週間の「花の都」東京での楽しい学生生活でした。
研修は無事終了し、産業医の資格を得ることができました。ところが、産業医の働き口がなかなか見つかりませんでした。月1回数時間が標準の嘱託産業医は、大学病院などで働く若手医師(研修日と称し週一二回程度のバイト日がある)、あるいは昼間に空き時間のある開業医のアルバイト的な需要が多くあるのです。そのため、求人が出てもすぐ埋まってしまうのです。やっと仕事が見つかったのが、2018年の10月、新生活に入ってから1年半後のことでした。しかし、不思議なもので一つが決まると、その後立て続けに2019年4月から開始の二つの働き口が見つかりました。
さて皆さん、産業医とは企業で何をする医師かをご存知ですか? 昔あった企業の診療所で社員の診察をする医師ではありません。現在の産業医は聴診器で診察もしないし、処方箋も書きません。雇用者と非雇用者の間に入り、雇用者の心と身体の問題をしっかり傾聴して、できるだけ非雇用者の立場に立ち、被雇用者の健康問題の解決と権利を守るという役目を担っているのです。しかし、日本は資本主義国家であり、かつ法治国家です。ですから、企業あるいは国のルールを破って、非雇用者の味方をする訳にはいきません。これらのルールを熟知した上で、非雇用者が最大限に利益を得ることができる解決法を雇用者に提供するのが産業医の役目です。これら日本のルールに沿ってでき得る雇用者側の配慮のことを「合理的配慮」と言い、この概念は、特に身体障害者の非雇用者の雇用時に際し、もっともよく用いられ、雇用者も今では多くの場合よく理解してくれています。というのも、安倍政権になってから、特に長時間労働による鬱による自殺が増加したこと、あるいは労働者人口が減少していることもあり、被雇用者の保護が現政権の喫緊の問題になってきたからです。
ここまで説明したように、労働者の心と身体の問題を上手に聞き出して、ルールと照らし合わせて労働者の権利を守る。これは、家庭医としてトレーニングを受け、長年地域の家庭医を勤め上げた者にとって、最適な職場でした。
これから、この現場報告で、折に触れて産業医の現場からの報告もしていくつもりですので、楽しみにしていてください。