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医学教育  


家庭医木戸の現場報告(10)
(JECCS News Letter 2018年4月号掲載)
これしかない治療を拒否されたら・・・

  ジェックス参与 木戸友幸


 40年余り医師をやってきて、世の中で本当に効く薬はあまりないということが分かってきました。直ぐ確実に効く薬としてすぐに頭に浮かぶのは、手術の時の麻酔剤と麻薬系の鎮痛剤です。しかし、もう一つ忘れている重要なものがあります。皆さん、薬というと、えっと思われるかも知れませんが、それは酸素です。高齢者で昔ヘビースモーカーであった人などで、肺気腫の末期という方が多くおられます。こういう人にとって、一番の薬は酸素なのです。もう随分前から在宅酸素療法が保険診療で可能で、ホテルの小型冷蔵庫くらいの器具を置くだけで、自宅で酸素を四六時中吸うことができます。初めてこの在宅酸素を受けた患者さんは、本当に喜んでくれます。肺気腫の患者さんは、健康人が水に溺れた時の窒息状態でいつも生活しているわけですから。

 皆さん、私がこう解説すると、「肺気腫を診断して、在宅酸素の手続きをして、器具が届けばそれで完了。なんだ簡単じゃないか。」と思われたでしょう。ところが、世の中そう甘くはありません。

 半年ほど前から週一回勤務する診療所の在宅診療をしている80代後半の男性Hさんです。その1年前からその診療所の院長が在宅診療をしていた患者さんなのですが、肺気腫でトイレまで歩くだけで息切れし、酸素飽和度が70%台まで下がります。(パルスオキシメーターという小さな器具で手の爪を挟んで簡単に計測できます。肺が健康ならば95%以上。)Hさんの肺気腫の程度は、明らかに在宅酸素療法の適応です。しかし、この在宅酸素をかたくなに拒否されていたのです。私が院長に代わって訪問するようになっても、状況は変わらず「酸素なんか絶対吸いたくない。」と悪態の付き放題でした。しかし、Hさんの言う通りにしていたら、1年以内に呼吸不全で命の危険が迫っていました。事ここに至っては、正攻法で迫っても無理だと判断し、現在ではやってはいけないとされている昔風の医療である「家父長的手法」を採用することにしました。

 「Hさん、騙されたと思って、1週間だけでいいから酸素を吸ってみてください.在宅酸素の器具は今日依頼すれば明日届きます。1週間吸って嫌だったら直ぐ返却しますから。でも、騙されたと思ってというのは言葉のあやで、絶対楽になりますから私を信じてください。」とそれこそ有無を言わさず速攻で、手続きを済ませました。さて翌日器具が届き、情報を共有していた訪問看護師が、これも無理矢理、酸素のチュープ先(カヌラと言います。)を鼻の孔に引っかけました。Hさんは、鼻が気持ち悪いとか、カヌラの着脱が面倒くさいとか、半分照れくささからだと思いますが、愚痴をこぼし続けていたそうです。酸素療法を開始してから2週間後に訪問すると、私にも器具の電源照明の色が夜になると緑から赤に変わって酸素が来なくなると文句を言いました。業者にチェックしてもらっても、故障は何もありませんでした。この報告を書いている時点で、酸素を開始してから2ヶ月たっていますが、Hさんの文句は序々に減ってきています。

 Hさんの例で示したように、酸素のように明らかな治療効果があり、患者の無知と誤解からの拒否により命の危険がある場合は、倫理的とはやや言い難い方法をとることも必要かなと私は思っています。皆さんはどう考えられるでしょうか?


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木戸友幸
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