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医学教育  


家庭医木戸の現場報告(5)
(JECCS News Letter 2016年12月号掲載)
パリの日本人診療

  ジェックス参与 木戸友幸

 1995年から1997年の2年半、パリ郊外にあるパリ・アメリカン病院で主に日本人相手に家庭医療を行う機会を得ました。当時、パリには3万人余りの日本人が生活していました。日本の都会の住民と比較すると、パリの日本人住民の平均年齢は圧倒的に若く、そのため病気になる回数も少なかったようです。しかし、3万の人口は一人の医師が相手にするには十分過ぎる数でした。

  私はその病院での初代日本人医師でしたので、少々の不安はありましたが、パリの老舗(しにせ)病院で一人30分の診療時間の完全予約制という日本では考えられない患者さん本位の体制を整えたので、それなりの自信はありました。実際、半年ほどで患者数も増加し、経営的にも採算が合うようになりました。この病院の外来を担う医師は私を含め皆勤務医ではなく病院の診察室を借りて診察する自営開業医だったのです。

  さて診察を開始してみると、事前の想像はある程度当たっていましたが、あまり想定していなかったこともありました。患者さんの多くは、学生、企業の駐在員、大使館関係者、国際機関に勤務する日本人職員とそれらの家族、それに旅行者といったところで、どの層をとっても20代から50代くらいまでの比較的若い年齢層の人たちでした。ですから、高血圧や糖尿病、ましてや脳梗塞で半身麻痺などという人は少数派で、風邪や胃腸炎などの日常よく起こる急性の疾患が圧倒的に多かったのです。ここまでは想定内でした。
 診察時間は30分あるので、診断と治療の方針が決まってからも診察時間は十分余っていました。すると、半分以上の患者さんが来院した直接の原因の病気以外の悩みを語ってくれました。悩みのほとんどが精神・心理的なもので、フランスという異文化圏への戸惑い、特にフランス語に無知なことから来るものが一番多かったように思います。頭痛、肩こり、胃腸障害、不眠症などがその症状です。これまで、私が赴任するまでは日本人患者は日本語通訳付きでフランス人あるいは英語国医師の診療を受けていたのですが、それらの患者さんは「やっと日本語で悩みを聴いてもらえて、それだけで随分すっきりしました。」と言ってくれました。

  もちろん精神的な悩みをメインで来院した患者さんもいました。一番印象に残っているのは、私のところを受診するまでに地下鉄車両の中で過換気発作を3回起こし、その都度最寄りの駅から救急搬送された40代の主婦の方です。地下鉄車両という閉所で起こるパニック症候群の診断を付けました。もちろんここまでくると、日本語で説明するだけでは症状の改善は期待できません。移動の手段を閉所的な要素の強い地下鉄ではなく、少なくとも外の景色が見えるパスにすることで少しずつ症状は改善していきました。この方は、超多忙な企業駐在員の奥さんで、フランス語はまったくしゃべれず、ご主人が不在の日中は、まったく理解不能のフランス語しかしゃべらないパリッ子を相手に悪戦苦闘していたのです。それでは、フランス語が理解できれば、こういう精神症状は起きないのでしょうか。
  パリ大学の正規の学生として通っている20代の女性が受診しました。彼女は在日韓国人で、パスポート更新で日本に帰らなければならないのを忘れていたことと、失恋とが重なって深刻なうつに陥っていました。アパートの窓から飛び降りたいと何度も思ったそうです。異文化環境のもとでは、些細なことでも精神に支障を来すのです。

  大阪で家庭医として診療していると、日本人患者さんでも周囲とうまく関われず、精神的に病んでいる人にしばしば遭遇します。こんな時、日本で外国人患者さんを、フランスで日本人患者さんを診療した経験が役立っているように思います。


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木戸友幸
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