ベスト&ブライテスト
(JECCSニュース・レター2006年12月号掲載)
木戸医院 木戸友幸
米国のジャーナリストでデビット・ハルバースタム(David
Halberstam)という人がいますが、彼の代表作にピューリッツァー賞をとったベスト・アンド・ブライティスト(The Best
and Brightest)というのがあります。
このノンフィクション作品は、ケネディが集めた「最良にして最も聡明な人材(TheBest and Brightest)」が米国をベトナム戦争という泥沼に引きずり込んだ過程を描いています。
それらのベスト・アンド・ブライティストの中でもピカ一だったのが国防長官ロバート・マクナマラでしょう。彼はカリフォルニア大学バークレー校を卒業後、ハーバード・ビジネススクールに学び、第二次大戦中は空軍でB29の開発のためのプログラム分析、オペレーション分析に力を発揮しました。戦後、フォードの経営陣から請われ弱冠28歳でフォード入りし、傾きかけた経営を立て直します。そのときの手法がデータと統計を駆使したものだったのです。
今度はケネディに請われて、フォードからワシントンDCへ転身したマクナマラですが、ここでもデータ重視を徹底し、ケネディ政権発足時は、その華麗な経歴や理知的な風貌から、彼は軍部を掌握し、ベトナム政策の中心人物は、国務長官ディーン・ラスクではなく、国防長官ロバート・マクナマラだと言われていました。
しかし、その後の歴史が示しているように、マクナマラのデータ重視策はベトナムでの米国の勝利につながらなかったのです。真相は軍部が政府への報告データを巧みに偽装していたらしいのです。マクナマラもうすうすそのことに気づいていたようで、彼自身、ベトナム戦争中に何度も現地視察に赴いています。しかし、この時も軍部は組織的にデータ偽造や隠ぺいを行っていたようです。
さて、我々の医療、医学の世界に戻ると、データ重視のEBMが盛んに叫ばれ、一つのエビデンスが鬼の首をとったように、ある治療の正当化に使用されることもあります。
しかし、ここでこのマクナマラがベトナムで学んだ教訓を思い出さねばなりません。
そのエビデンスがどういう過程でどのように作られたかということです。世界で一番多く処方せん薬を消費する某国の降圧剤に関する大規模スタディーで、政府筋がある程度結果を予想して、一番安価な薬剤が効く人種を、対象患者に多く登録していたという証拠もあります。大規模スタディーのことに詳しい知人に訊くと、特に製薬会社はそのスタディーに膨大な投資をしているので、あらゆる手段を使って会社に都合の
いいデータが出るように工夫をこらしているようです。
これに一医師としてどう対処するかとなると、なかなか難しいところです。結論的にはいつも複数の視点から物事を観て判断するといったところでしょうか。