特別寄稿「病診連携」の最前線
ケース・ブレーンストーミングよりの報告
クリニック・マガジン2004年1月号掲載
医療法人木戸医院 木戸友幸
1)ケース・ブレーンストーミングについて
2002年より大阪で開始した新しい形態の病診連携の会である。これまで、病診連携の会はさまざまな形で行われてきたが、病が主導権をとって、診は教えを請うというタイプのもの、その道のエキスパートを呼んでの講義形式のものなどが代表で、病診連携の会である必然性があまり感じられないものが多いような感を持っていた。
そこで、病も診もまったく同レベルの立場で、本音で語り合えるような会の形を模索 した。会の世話人(病診双方より選出)同士で何回かブレーン・ストーミングから始まる討論を重ねた。そこで行き着いた結論は、この世話人会の延長をそのまま会に持ち込めばというアイデアであった。具体的には、当番世話人がテーマを決定し、それに合致する症例を提示する。その症例をもとに、出席者が自由討論(ブレーン・ストーミング)するのである。
そこで重要なのは、出席者の選定である。当会では、出席者 一人一人がすべて主役で、傍観者は存在しない。そこで偶然出てきた奇抜なアイデア
を翌日からの病診の連携あるいは、病診それぞれの日々の診療に生かそうというコンセプトである。したがって、世話人のネットワークをフルに生かして、出席者は論客
を厳選し、病診より各10名程度とした。また、やや癖のある会であるので、毎年出席者に次年度からも出席を希望するかどうかの伺い書も出すことにした。要するに、楽しんで出席してくれる人のみの会にしようという意図である。
これまでに4回を数えたが、いずれの回も予想を上回る熱気で、議論が途切れるどころか、当番世話人が意見の整理に困るほどのブレーン・ストーミング状況であった。大阪の病診を代表するような論客達であるから、当会での成果を自らのネットワーク
に持ち帰ってそこでまた広めてくれるといった二次的な成果もあるようである。 なお、この会は性質上、特に詳細な議事録は残さなかった。したがって、以下は議論
の骨子を記憶によりまとめたものである。実際の会の雰囲気はこの10倍は熱いもので あった。
2)実際の症例検討
症例1:閉店間際の微妙な心疾患、さあどうする?
61歳男性、胸痛
初診患者で、診療終了の30分前の午後7時に来院。3日前にバナナ食後「胸やけ」出現 し10数分持続した。胸やけにすると程度は強く、冷や汗を伴った。
それ以降は無症状。虚血性心疾患の危険因子はない。受診時の心電図は、V1〜3でQSパターンで二相性Tを伴った。 |
診:正直なところ、夜診の終了間際の患者に手がかかると、従業員の機嫌も次第に悪
くなってくるし、なるべく簡単に済ませたいという希望があることは否めない。当患者の場合、本人は現在まったく無症状なので、胸焼けは胃のせいだと思っていて、す
ぐに専門病院受診が必要、ましてや入院が必要だとは夢にも思っていなかった。ということで、当症例は、実際には亜硝酸剤の内服剤が処方され、翌朝、A病院循環器科を受診するように指示した。
診:そういう時間帯に、救急として病院に患者を送り、もし何も重篤な心疾患がなかっ た場合、病診関係がその後まずくなる可能性がありはしないだろうか。
病:(循環器専門医)こういうケースは迷ったらいつでも送って欲しい。来院後の検査で例え冠動脈が正常であった場合も、それは結果論であり、その場合の患者説明も紹介側を立てるような形で行う。若手の医師にも、そういう教育はしている。
診:(非循環器専門医)循環器が専門でない自分が悩んでも、いい知恵は出てこない。
まず同じ医師会の信頼できる循環器専門の開業医に電話で相談する。
診:(循環器専門医)私が、さきほどの意見に出てきた彼によく循環器疾患についての相談を受ける医師である。この症例は心筋梗塞を起していてもおかしくないので、彼から相談を受けていれば、その夜のうちに循環器のある病院に紹介し、入院させるのがベストと答える。
病:(循環器専門医)確かに、診療所の夜診帯に救急入院させるのには、特にその時無症状であれば勇気がいると思う。少なくとも心筋梗塞があるかどうかは、その有無を即座に診断できる定性診断キットがあり、有益だと思えるので紹介する。
補足:当患者は、冠動脈撮影の結果、左冠動脈に高度の狭窄が存在し、狭窄部分の長さも長かったため、ステントが挿入された。
まとめ:「疑わしきは罰せよ。」は医療の原則。
迷った場合は、すぐに入院してもら おう。病院側もそいう事情を考慮して、医師教育を宜しく。
症例2:MRSA患者の再入院を巡り大論争!
83歳女性、脳梗塞、嚥下性肺炎
脳梗塞のためA病院で3ヶ月の入院歴あり。その後も3年間で3回、同病院に嚥下性肺炎 にて入院を繰り返していた。入院していない時は、開業医が在宅診療
をしていた。再度の嚥下性肺炎の症状が出たので、開業医からA病院に入院依頼したところ、前回退院時に喀痰からMRSAが出ていたので、今回は喀痰
MRSAが陰性でない限りは入院できないとの返事であった。 |
診:(感染症専門医)こういう病院側の対応は、言語道断である。まず、MRSAは入院中の患者でカテーテルなどの異物をを挿入している場合に出現しやすいが、それ以外でも、術後、糖尿病などでも出現することもあるし、誰に出現してもおかしくない。
MRSAが陽性ということだけで入院を拒否すれば恐らく医師法に違反するのではないか。
診:(非感染症専門)医師同士の情報でも、患者からも、この手の話はよく聞く。しかしこのケースはひどすぎる。自分の病院から退院させた患者が、地域の開業医に在宅で世話になり、その開業医の努力にもかかわらず嚥下性肺炎が再発した例である。その患者を入院させないというのは、医師のモラルに反する。
病:(感染症専門医)診療所側の意見はもっともだ。確かに法的に言っても、MRSA陽性のみの理由での入院拒否は出来ない。
病:(非感染症専門)感染症専門の医師は、それが常識だろうが、非感染症専門の医師あるいは、コメディカル・スタッフは、そこまでの知識がなく、MRSAに対する恐怖心がまだまだ存在する。
病:(感染症専門医)確かにその通りである。そのため、当院では、スタッフ全員に対してMRSA対策の講習会を何度か開催して、正確な知識を広めている。
診:(非感染症専門)そういう真面目に取り組んでいる病院が増えるよう希望してい る。開業医にも、この問題にまだまだ無知で無理解なものが多い。MRSA陽性が判明し、患者家族が過度の感染対策を強いられて、非常な苦痛に追いやられている例をときどき見聞きする。
診:(感染症専門医)MRSAに限らず、セラチアなどの日和見感染を起してくる菌に対 しての、マスコミ報道もかなりおかしい。こういう医学的に間違った報道が、かえって多くの患者にとって不利益な状況を作り出しているように思える。
まとめ:MRSA感染は誰にでも起こりうる感染であり、感染者を拒否するのではなく、 誰が感染者であったも二次感染を起させないようなシステムを作ることが重要である。
症例3:癌末期患者は入院させてもらえないのか?
73歳男性、喉頭癌
2001年6月、開業耳鼻科医院にて径2cmの頚部腫瘤を指摘され、紹介によりA病院耳鼻科に入院した。診断は喉頭癌で、手術適応なく、放射線治療を受け、1ヶ月半後に退院した。2002年夏ごろより、頚部腫瘤がまた増大し、食欲減退、体重減少も出現した。
2002年9月より、介護保険を申請し、ヘルパーと看護師による訪問介護を受け始めた。患者の妻も大腸癌術後で脳梗塞もあり寝たきりである。息子夫婦が両親を介護しているが、当患者だけでも喉頭癌治療をしてくれたA病院への再入院を強く希望した。A病院では、すぐに入院はさせてくれたが、4日間栄養点滴をして、これで体力は回復したということで、退院させられた。退院時の病院側の説明は、「今後の入院は受け入れられません。地元の開業医と相談して、在宅での終末期に備えてください。」というものであった。
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診:在宅での終末期医療が現在注目されているが、すべての患者や家族がそれを望むわけではないし、開業医の方は、普通の在宅でも敬遠するのが現状である。ましてや、
このケースでは、介護者の息子夫婦は、重病の両親を抱えて、パニック状態である。そういう状態を教慮して、せめて月単位の入院はさせてあげるべきだ。ところで、この症例ではA病院以外の近隣の病院はあたってみたのか?
診:いくつかの病院に依頼したが、すべて断られた。治療を受けた病院に依頼してくれという対応であった。
病:あまり言いたくはないが、診療報酬上のことも、管理職になると考えざるを得ない。したがって、末期になってからの患者の入院は原則お断りで、後はケース・バイ・
ケースということになってしまう。
診:開業医もそういう事情は良く分かっている。だから、開業医側がイニシアティブ をとって、末期癌患者の入院を頼み込むことはあまりないはずだ。ほとんどは、このケースのように、家族から頼み込まれて依頼する。他の開業の先生方は、こういう場合どうしておられるのか訊いてみたい。
診:こういうときのために、いくつかの病院の幹部医師と日頃から電話一本で頼みごとが出来る関係作りに励んでいる。これは、日本的な習慣ではなく、万国共通のことだ。気心の知れた関係が出来上がっていると、少々の無理は聞いてもらえるものだ。もちろん、ギブ・アンド・テイクで、こちらが病院の無理を聞くことも、年に何度かはある。
病:確かに、顔の見える付きあいをしている、開業医からの頼まれ事は断りにくい。ある程度の無理は聞いてしまうことが多い。
診:そうすると、末期癌患者のケアに関しては、病ー診連携といういうよりむしろ病ー診の個人の医師同士の連携にかかってくるように思える。
まとめ:末期癌患者の末期になってからの入院には、病ー診の医師個人間の「顔の見える連携」が必要になる。