「家庭医」によるプライマリ・ケア
第2回:「家庭医」普及の歴史
「プライマリ・ケア・フィジシャン」2003年10月号掲載
医療法人木戸医院 木戸友幸
1)家庭医懇談会の功罪
3年間のニューヨークでの家庭医療学(Family Practice)のレジデント研修を終え、83年に帰国し、国立大阪病院で勤務を開始した。ここでの日常は一般内科の臨床と研修医の指導が主なものであったが、厚生省主催のプライマリ、ケア普及のための講
演会が年に何度もあり、その多くに講師として駆り出された。それらの努力の甲斐が あり、1986 年に厚生省健康政策局が政府より「家庭医に関する懇談会」と名付けた
懇談会の設置を諮問された。筆者も専門委員としてメンバーに加えられた。
その当時、日本医師会は厚生省主導の「家庭医構想」に真っ向から反対していた。これは、開業医療に対する国家統制であり、安価で質の悪い医療を目指しているという主張であった。家庭医懇談会にも、勿論、日医を代表する理事が一人参加していた。
そういう事情があり、この懇談会では、喧々諤々の議論は交わされたものの、結局具 体的に出されたプロダクトは、10項目の家庭医として果たすべき機能の制定のみであった。
家庭医懇談会が成果を挙げられなかった原因は二つあるように思われる。一つは、日 医の政治的な動きである。元来、厚生省主導のプライマリ・ケア重視の政策は、故武
見日医元会長と厚生省との交渉ににより決定されたものである。その後、日医執行部 の勢力変化とともに、むしろ流れが逆になってしまったという経緯がある。もう一つ
は、この懇談会に関わった厚生省の事務方の大半が、年齢も若く、理想主義ではある がナイーブで、根回しにも不慣れであったということである。
この家庭医懇談会以後、日医は「家庭医」という単語そのものにアレルギーを持つに至り、それに替わる言葉として「かかりつけ医」を提唱していることは周知の事実で
ある。 家庭懇談会の不成功により、日本における家庭医の育成計画は10年は遅れたと思われ る。2002年に、筆者も企画に携わっている大阪でのプライマリ・ケア勉強会の講師に招いた当時の家庭医懇談会の元委員はこう語った。「あの時制定した家庭医機能は今
読み返しても恥ずかしくないものである。これらが実現されていたら、現在の日本の プライマリ・ケアはもっと違ったものになっていたであろう。」
2)総合診療科の設立ラッシュ
80年代半ばに、家庭医懇談会が成果をさしたる成果を挙げらずに終わり、厚生省と日医が名称問題でもめているちょうどその頃から、大学医学部や総合病院に総合診療科
を設置する動きが出てきた。これらの新設総合診療科ははっきり言って、玉石混交の状態であった。新しい科として認められやすいから、とりあえず作って、そこに、自
校出身で総合診療とは何の関係もない人を、教授という肩書きのために横滑りさせるといった人事もしばしば見受けられた。80年代後半に、厚生省の臨床指導医留学出身
者が中心になり、総合診療研究会が立ち上げられた。その頃から徐々に総合診療科の質も向上していったように思える。また、90年代に入ると、厚生省からの留学以外でも、米国で家庭医療学や一般内科のレジデントを終了した医師が、各大学の総合診療
科の教職の公募に参加し、受け入れられる例が見受けれるよういなってきた。助教授や講師になるケースが多いようだが、こういう臨床教育のノウハウを持った人たちが教育スタッフに加わわった施設の総合診療科の質は向上してきているようである。
総
合診療研究会は、現在、総合診療医学会へと発展しており、年1回の学術集会を持ち、英文学会誌を持つまでに至っている。したがって、総合診療科のおおまかな進む
方向は定まりつつあるが、未だまとまりのないところも多い。ある施設では、臨床疫 学を中心とする研究に偏っているし、またあるところでは、救急医療に重点を置いている。未だ振り分け外来のような便利屋に終わっている施設もあるようだ。その中で、
家庭医を育成することを、明言し、「家庭医療学科」という名前をかがげた施設がい くつか出てきたことが、90年代後半からの特徴である。
3)関連学会の増加とその相互関係
プライマリ・ケア関連では、70年代ともっとも早く出来たのが、プライマリ・ケア学 会である。この学会は実地医家の会が母体になり、医師以外の職種も自由に参加でき
る学会として発足した。プライマリ・ケア学会があまりに対象が広くなり過ぎたため、 家庭医療学に興味を抱く医師が、提案して80年代半ばに立ち上げたのが家庭医療学研究会である。家庭医医療学研究会は最初、10数人のグループで始めたものが、2002年
から家庭医療学会に昇格し、2003年夏には会員数800人の大所帯に成長している。学生を含め若手会員が多いのが特徴で、春、夏の年2回、教育セミナーも開いている。
もう一つの関連学会は、前述の総合診療医学会である。この学会は大学の総合診療科の会員が多いのが特徴で、そのせいもあり、研究に重点をおいているようである。
これら、3つの関連学会は、筆者自身もそうであるが、実は掛け持ちで会員になっている者が多くいる。そういうこともあり、3学会が協力して、日本のプライマリ・ケア発展のために出来ることを現在模索中である。