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医学教育  

 地域医療の実践 -木戸医院の現場から-

「医院建築」東伸企画社 No. 23 2003年
  大阪医科大学臨床教育教授
京都大学医学部非常勤講師
 医療法人木戸医院副院長 木戸友幸

地域医療とは何だろう
 皆さんのお知り合いで、最近、医院を開業された方がいらしたら、開業通知の文面を読み返してください。その中には、「この度、OO病院勤務から地域医療に身を投じることになりました。」といったくだりが必ずあるはずです。これは、開業挨拶文中の枕詞みたいなものです。地域医療という言葉は、地区医師会や保健所などの行政関係でも枕詞的に多用されています。でも、その中身は、各人各様、結構都合のいいよう に使っているというのが実態のようです。
しかし、様々な職種の人たちの意見を総合してみると、結論的には、地域住民に密着 していて、彼(彼女)らのニーズに合うような形で提供される医療ということになると思います。具体的には、開業医院が日々行っている日常診療、予防接種、健康診断、学校検診、保健所での健診、老健施設での講義、訪問看護ステーションの活動、デイ ケアーセンターでの高齢者ケアー等々はすべて地域医療の一環でしょう。総合病院でさえ、最近は診療所との連携を非常に重視するようになってきていますので、地域医療の一端を支えていると言えます。
しかし、地域医療で核となるのは、開業医の開設する診療所であることは間違いない事実です。その開業医の中でも、一番間口の広いプライマリ・ケアを担う開業医が一番のキー・パーソンになります。具体的には、論が進むに連れ御説明していきます。

プライマリ・ケアとは?
 地域医療と同じくこのプライマリ・ケアという言葉も勝手な解釈が幾通りもある言葉です。医師の間でも、いくつもの解釈があります。初診の患者の見極めや簡単な処置だけをする「一次医療」だから、あとは専門医に振り分ければいいという意見や医学生や研修医が学ぶ「基本的な臨床技能」のことであるという意見はかなりよく耳にします。地域医療で挙げた、開業通知の案内状のもう一つの定番は、「地域のプライマリ・ケアに専心することになりました。」というのがあります。これなど、例えそれ まで総合病院で心臓の超専門医をやっていても、現場の開業医になれば、そこでの医療はプライマリ・ケアだという意味合いのようです。これらの見方は、どれもそれな りにプライマリ・ケアの一部分を捉えていますが、あくまで一部分に過ぎません。プライマリ・ケアというのは勿論英語です。英語国でプライマリ・ケア医というと、専門医に対しての一般医という意味合いで語られます。専門医制度が高度に確立している米国でプライマリ・ケアを担う医師集団は、家庭医、一般内科医、小児科医、産 婦人科医の4つの集団のことを言います。この中でも、家庭医がプライマリ・ケアを担う専門科として訓練された、プライマリ・ケアに特化した医師集団なのです。
その米国での家庭医の定義を挙げてみましょう。
1)地域住民が最初に受診する医師であ る。
2)その後原則的には継続的に診療する。
3)臓器別ではなく包括的な診療をする。
4)マニュアルに合わせた診療ではなく、個人に合わせた診療をする。
5)家族全体の 診療をする。
6)科学的な最新の医学的知識のもとでの診察をする。
となっています。
米国は専門医志向と述べましたが、かの地では、「家庭医」も専門医の一つなのです。一般医学の専門医という言葉の矛盾があるのですが、その説明としては、家庭医は総 合する専門医で、その他の専門医は分化する専門医であるとされています。
したがって、プライマリ・ケアの定義も、米国の家庭医の定義とほほ同様としていいように思います。強いて言うなら、5)の家族全体の診療という部分は省いた定義で しょうか。
2)の継続的診療で、専門医の力を借りずに家庭医が継続して診療を続けられるのかという疑問があると思います。これについては、諸外国でいろいろなデータが出ており、一般に遭遇する疾患(common diseases)の8〜9割が家庭医のみでフォローできると言われています。

医療ネットワークの中での医院の立場
 地域医療で述べたように、現在では地域の医療はさまざまな職種のネットワークによ り成り立っています。そのネットワークの中には、医院、総合病院、保健所、調剤薬局、訪問看護ステーション、老健施設などが含まれます。特に、高齢化社会の要請に応じた介護保険の導入に伴い、訪問看護ステーションや老健施設の新設が増加し、その役割も大きくなりつつあります。したがって、一昔前と比較すると、地域の医療ネットワークは、住民にとってよりきめ細かいサービスを行うようになってきている反面、 職種の多様さや、手続き上の不慣れさなどから、使いづらくなってきているとも言え ます。
したがって、この複雑化した医療ネットワークを指揮する立場の職種が必要になってきたのです。この指揮者の立場に一番適当なのが、医院の開設者である開業医だと思うのです。例えば、介護保険の運用にあたり、定期的なケア会議が開かれます。初期の頃は介護保険のプロとして認定されたケア・マネジャーがこの会議を仕切っていましたが、医療のプロである医師がそこに入らないとケア会議はうまく回らないことが 分かってきました。ですから、医師は多忙を理由にケア会議から逃げないで、どんどん積極的に関与していくことが必要です。また、訪問看護ステーションに関しても、主治医である開業医が訪問看護の必要性を認め、患者とその家族を説得するといった主導権を発揮しないと、いくら活発に活動しているステーションが近くにあっても宝の持ち腐れになってしまいます。
医師である私が「開業医師が指揮者に」と言うと、医師は何でもお山の大将になりたがると言われてしまいそうです。しかし、自ら主治医として診ている患者に関しては、守秘義務の絡みもあり、患者の医療面でのことでは、主治医以外では知りえないことも多くあるのです。また、信頼関係が保たれている患者なら、主治医がどんな問題に関しても、患者の最適な説得役になれるはずです。ですから、開業医が医療ネットワー クの中で指揮者になるのが最適だと思うわけです。しかし、出来るだけ他職種の意見を尊重する、仕切り屋でない指揮者であらねばなりません。

医院(診療所)と病院の役割の違い
 歴史的にみると、日本の病院というのは、最初は医院から始まり、それが徐々に規模を大きくしていき、入院施設を持つ病院になったというケースが非常に多いのです。私立病院の多くがこのパターンに当てはまります。ですから、両者の違いといえば、入院出来るか否かということぐらいというのが、ほんの一昔前までの状況でした。ですから、病院では、本来なら医院の役目である外来診療も積極的に行われ、退院した 患者もすべて病院の外来で診るというのが普通のことでした。国公立病院も、この例外ではありませんでした。
そのため、多くの患者が大病院の外来に集中し、いわゆる「3時間待ちの3分診療」と いう問題が起こってきました。しかし、最近になり、入院医療の高度複雑化により病 院は、外来部門に人手を割くより、入院医療に特化した機能を持ったほうが都合がよくなってきたのです。これらの状況を考慮し、厚生労働省は、病院が外来患者数を減 らせば減らすほど、その病院の格を上げるという政策を打ちだしました。病院の利害 と、政府の利益誘導政策とが相まって、2000年頃から、病院から地域の医院への患者逆紹介が始まるようになったのです。こういう事情で、日本でも医院は外来医療、病院は入院医療という本来の棲み分けが、最近になり出来上がってきたのです。

上に述べたのは、外来と入院という切り口からの違いです。これと関連はするのですが、医師数やその他の職員数といった規模の違いからくる相違もあります。病院は24時間稼働していて、誰かが当直しているのが普通です。ですから、医院の診療時間外の救急は、病院で面倒をみてくれます。また、高度な検査機器も病院の方に多いので、医院から依頼し、検査だけ病院で受けるということも最近は珍しくありません。

対応する疾患の種類も、医院と病院ではかなり違います。医院は専らプライマリ・ケ アに携わる医師が多いので、一般的な疾患(common diseases)を診ることが多いですが、専門医集団が勤務する病院では、特殊な専門医療を必要とする疾患を多く診ます。

欧米の状況に関して
 医療全体の事情をみると、日本以外の先進諸国では、1970年代から脱病院化が進んできており、入院期間は出来るだけ短くして、早く退院させようとします。ちなみに日本以外の先進国の入院日数の平均は10日前後で、日本はその約3倍の30日前後です。 脱病院化の理由としては、入院医療費の高騰、医療技術の進歩、急性疾患から慢性疾 患への疾病構造の変化などが挙げられます。また、病院の外来部門が扱う疾患は特殊な疾患のみで、common diseasesは診療所が扱うといった、病院と診療所の棲み分け が進んでいます。
日本以外の外国でも、プライマリ・ケアの供給システムは国によってかなり異なって います。米国、カナダ、オーストラリア、アジアでも韓国、マレーシア、シンガポールなどでは、家庭医専門医が個人開業していて、予防医学から慢性疾患のフォローま で幅広いプライマリ・ケアを行います。 イギリス、北欧諸国、オランダなどでは、地域住民は病気の時にはまず決められた家庭医を受診しなければならないシステムになっています。専門医には、家庭医からの紹介がなければかかれないのです。このシステムでは家庭医は、ゲートキーパー(門 番)とも呼ばれます。
どちらのシステムでも、日本の開業医との大きな違いは、家庭医は非常に軽装備で開業しているということです。検査機器は心電図くらいで、単純写真だけを撮るレント ゲン装置も備えているところは稀です。

患者サービス・患者中心とは
 最近、医院や病院でマイクでの呼びだしの際に、「OO様」と様付けで患者を呼称するところが増えてきています。これ自体は、別に悪いこととは言いませんが、上っ面だけの浅はかな行動であると苦々しく思っている人たちが、医師にも患者にも多くいることを私は知っています。医師ー患者関係においての患者サービスとか患者中心ということの本質は、こういう小手先の呼称変更などではなく、その中身の問題なのです。
患者は医療機関を訪ねる時に、診断や治療に関してある解釈を持っています。これを患者側の解釈モデルといいます。例えば、「つい最近、叔父が肺癌で亡くなったので、 風邪だと思うんだが、胸が痛いのが肺癌じゃないだろうかと思って医院を訪ねた。」 といった具合です。それに対応する医療側の解釈モデルもあります。医師は患者を診察し、「これは、単なる風邪で、胸の痛みは咳から来る肋間神経痛だ。」といったも のです。そこで、医師が何かもっと言いたそうな患者を、うるさそうに「ハイ、次の人。」と言って追い返してしまったら、患者は聞きたいことを聞けなかったということで不満が残ります。そこで、医師が「何か心配なことでもあるのですか?」と一言添えれば、肺癌の叔父のことも持ち出せて、患者の満足感は充足されます。 医学的に表現すると、患者側と医療側の解釈モデルが遠ざかると患者の満足感は下がり、近づけば満足感は上がるのです。
ですから、本当の患者サービスとは、この患者解釈モデルをいかに迅速に正確に掴んで、その対処をするかということだと思います。一般的には利用者のニーズをいか的確につかむかと言い換えてもいいでしょう。


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木戸友幸
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